2019年7月9日火曜日

英国 ジョージ3世6ペンス銀貨 1787年

英国国王ジョージ3世の6ペンス銀貨を紹介します。

1787年の発行です。

今から230年以上前に作られました。

イギリスでは産業革命真っ盛り、11年前の1776年にはアメリカ独立宣言がなされ、2年後の1789年にはフランス革命が起きた激動の時代です。

6ペンス銀貨なので、直径は21mm、重さも3グラムと小ぶりです。

表側には、甲冑を着用して月桂冠をいただいたジョージ3世の胸像が描かれています。

そして、周りには、GEORGIVS III DEI GRATIA (ジョージ3世 神の恩寵によって)とラテン語で銘が書かれています。



























裏側には、ガーター勲章を中心に、ジョージ3世の紋章が4つ十字に配置され、その間に王冠が斜めに4つ置かれています。

上の紋章は、左側が3頭のライオンのイングランド、右側が1頭のスコットランド。

右の紋章は、3つの百合の花のフランス。

下の紋章は、ハープのアイルランド。

そして左の紋章が、ハノーバー家の紋章です。



周りには、簡略化されたラテン語で M B F ET H REX F D B ET L D S R I A T ET E 1787 と銘が書かれています。

これは、King of Great Britain, France and Ireland, Defender of the Faith, Duke of Brunswick and Lueneburg, Arch Treasurer and Elector of the Holy Roman Empire 1787 という意味だとのこと。

グレートブリテン、フランス、及びアイルランド国王、信仰の擁護者、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公爵、神聖ローマ帝国財貨長官及び選帝侯、1787年、と訳してみました。

祖父のジョージ1世がドイツのハノーファー出身ということで、神聖ローマ帝国の選帝侯などはまだ合点がいくのですが、フランス国王というのは実態があったのでしょうか。

調べてみると、1328年にプランタジネット朝のエドワード3世がフランス王位継承を主張し、1340年にフランスの紋章を使い始めてから、途中百年戦争(1337年-1453年)でフランスにおける領土は失ったものの、1801年にジョージ3世が正式にフランス王位に対する要求を諦めるまで、ずっとフランスの紋章を使い続けていたとのことです。

1787年の次の6ペンス銀貨の鋳造は1816年ですが、確かにその銀貨からはフランスの紋章が消えています。

こんなことを知ることができるのも、コイン収集の醍醐味だと言えるでしょう。

彫刻師は、両面とも、Lewis Pingoです。

この1787年の6ペンス銀貨には2つのバージョンがあります。

ハノーバー家の紋章の右上にあるブラウンシュヴァイク(ブランズウィック)の紋章の中にハート印があるものとないものです。


上図の通り、ハート印は本来あるべきものですが、最初は誤ってないものが鋳造され、途中でないことに気づいて金型を作り直したとのこと。

今回紹介している銀貨はハート印がある方です。

ちょっと見づらいですが、右上のライオンの上に点(ハート印?)が見えます。


















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国名英国
金額6ペンス
発行年1787年
発行枚数712,380
統治者ジョージ3世(在位1760-1820)
硬貨タイプ標準流通貨
材質銀(.925)
重量3g
直径21mm
参照番号KM#606.2

2019年7月5日金曜日

南アフリカ 2シリング銀貨 1897年

前回の、南アフリカ(旧南アフリカ共和国、通称トランスヴァール共和国)の2-1/2シリング銀貨 に引き続いて、2シリング銀貨をを紹介します。

おさらいになりますが、トランスヴァール共和国は、ボーア人(オランダ系)によって建国され、1852年から1877年までと1881年から1902年まで、現在の南アフリカの北部に存在していました。

一時英国に併合されたものの、第一次ボーア戦争(1880年-1881年)で独立を回復、しかし第2次ボーア戦争(1899年-1902年)の結果、英国に再併合されました。

この銀貨も、第2次ボーア戦争勃発の2年前である、1897年(明治30年)に発行されています。

表には、ポール・クルーガー(クリューガー)大統領の肖像。



























ただし、2-1/2シリング銀貨とは違い、アフリカーンス語の ZUID AFRIKAANSCHE REPUBLIEK は書かれていません。

<2-1/2シリング銀貨:表>















その代わりに、裏側に ZUID AFRIK. REPUB. と短縮形で書かれています。

また、トランスヴァール共和国の国章も、鷲、トランスヴァール共和国の国旗、バナーに書かれた「結束は力なり」のモットーもない省略形となっています。

そして、中心の錨、左上のライオン、右上の武器を持った男、そして下の幌馬車だけが描かれています。



























<2-1/2シリング銀貨:裏>















<トランスヴァール共和国国章>












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この銀貨も、2-1/2シリング銀貨と同様に、両面とも彫刻師は Otto Schultz です。

国名南アフリカ共和国(トランスヴァール共和国)
金額2 シリング(=1フローリン)
発行年1897年
発行枚数147,500
統治者ポール・クルーガー(クリューガー)大統領
硬貨タイプ標準流通貨
材質銀(.925)
重量11.31g
直径28.70mm
参照番号KM#6


2019年7月4日木曜日

南アフリカ 2-1/2 シリング銀貨 1897年

南アフリカ(旧南アフリカ共和国、通称トランスヴァール共和国)の2-1/2シリング銀貨を紹介します。

トランスヴァール共和国は、ボーア人(オランダ系)によって建国され、1852年から1877年までと1881年から1902年まで、現在の南アフリカの北部に存在していました。

一時英国に併合されたものの、第一次ボーア戦争(1880年-1881年)で独立を回復、しかし第2次ボーア戦争(1899年-1902年)の結果、英国に再併合されました。

この銀貨は、第2次ボーア戦争勃発の2年前である、1897年に発行されています。

日本の元号でいうと明治30年にあたります。

表には、ポール・クルーガー(クリューガー)大統領の肖像が描かれています。



























因みに、現在南アフリカで作られている地金型金貨のクルーガーランド金貨のクルーガーは、このクルーガー大統領のことです。

アフリカーンス語の ZUID AFRIKAANSCHE REPUBLIEK は、SOUTH AFRICAN REPUBLIC 南アフリカ共和国の意。

この銀貨は両面とも、彫刻師は Otto Schultz です。

裏には、トランスヴァール共和国の国章が描かれています。



























真ん中の円の中には、中心に錨、左上にライオン、右上に武器を持った男、そして下には幌馬車が描かれています。

その上には鷲が鎮座し、両脇には3本ずつトランスヴァール共和国の国旗が掲げられています。



























下のバナーにアフリカーンス語で書かれた EENDRAGT MAAKT MAGT. は、英語でUnity is strength. ということらしいので、日本語にすると「結束は力なり」の意でしょうか。

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国名南アフリカ共和国(トランスヴァール共和国)
金額2 1/2 シリング(=ハーフクラウン)
発行年1897年
発行枚数149,160
統治者ポール・クルーガー(クリューガー)大統領
硬貨タイプ標準流通貨
材質銀(.925)
重量14.14g
直径32.30mm
参照番号KM#7







2019年7月3日水曜日

英領インド 1ルピー銀貨 1918年

イギリス領インド帝国の1ルピー銀貨を紹介します。

発行年は1918年です。

1858年から1947年まで、インドは周辺のパキスタンやミャンマーなども含めてイギリス領インド帝国であったため、表側にはジョージ5世の肖像が描かれています。

また1877年以降は、イギリスの君主がインド皇帝を兼ねた同君連合となっていたため、

GEORGE V KING EMPEROR

と、KINGだけでなくEMPERORとも記されています。

彫刻師は、Edgar Bertran MacKennal。



























因みに、Edgar Bertran MacKennal は、下のオーストラリアのフローリン銀貨などでもジョージ5世を描いた彫刻師ですが、この1ルピー銀貨のジョージ5世の方が象のオーナメントなど付けて派手やかに見えます。















裏側は、中心に ONE RUPEE INDIA 1918 と現地語が書かれていて、その周りには花が散りばめられています。

一番上と一番下の花はインドの国花でもあるハスの花でしょう。

真横は白爪草、斜め下はアザミでしょうか。

斜め上の花は何でしょう。

美しいデザインです。

銀のパティナも最高です。



























尚、ルピーという通貨名は、サンスクリットの「銀」を意味するルーピヤに由来するとのこと。

1918年には、1ルピー銀貨はカルカッタ造幣局とボンベイ造幣局の2ヶ所で鋳造されていたとのことです。

下のハスの花の下に点のミントマーク(鋳造刻印)があれば、それはボンベイ造幣局を意味しますが、この銀貨にはミントマークがないのでカルカッタ造幣局での鋳造です。

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国名英領インド帝国
金額1ルピー
発行年1918年
造幣局カルカッタ
発行枚数205,420,000
統治者ジョージ5世(1910-1936)
硬貨タイプ標準流通貨
材質銀(.917)
重量11.66g
直径30.50mm
参照番号KM#524


2019年7月2日火曜日

オーストラリア 1フローリン記念銀貨 1927年

オーストラリアの1フローリン記念銀貨を紹介します。

1927年にオーストラリアの首都キャンベラの国会議事堂開業を記念して発行されました。

オーストラリアで最初の記念硬貨でもありますが、この銀貨は私がサンデーマーケットで散々悩んだ挙句に初めて購入したコインなので、私にとっても特別な記念の銀貨です。

表側は、英国国王ジョージ5世の肖像が描かれています。

彫刻師は、Edgar Bertram MacKennal。


























そして裏側は、上部には装飾されたパネルの中に国会議事堂が描かれ、中ほどには交叉したメイス(合成棍棒)、そして下部には重厚に装飾されたパネルに開業の年が書かれています。

彫刻師は、George Kruger Gray。
なんと美しいデザインでしょう!

そして、多少細部に擦れは見られるものの、銀貨特有のパティナ(味わい)もあり素晴らしいです。

ただし、最初にも書いた通りオーストラリアで最初の記念硬貨ということもあり、各家庭の引出しや箱の中に大量に退蔵されているらしく、発行枚数は200万枚とそれほど多くないにもかかわらず、あまり珍しいものではないとのこと。

従って、それほど価格も上昇していません。

しかし、そんなことは関係ありません。

たまたま私は今、アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛(くろごけぐも)の会 2」という小説を読んでいるのですが、その中の「鉄の宝玉」という章に出てくる宝石商の台詞に、今の私の気持ちにピッタリのものがあったので紹介します。

「わたしはきれいだからこれをお見せしているのであって、高価だからお見せしているのではないのです」(池 央耿氏訳)

これこそがコイン収集における私のモットーであります。

よくぞ言ってくれました。

この銀貨は純度が92.5%、重量は11.31グラム、直径は28.5ミリです。

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国名オーストラリア
金額1フローリン(=2シリング)
発行年1927年
発行枚数2,000,400
統治者ジョージ5世(1910-1936)
硬貨タイプ記念流通貨(国会議事堂(キャンベラ)開業記念)
材質銀(.925)
重量11.31g
直径28.50mm
参照番号KM#31



英国 エドワード7世 1ペニー銅貨 1910年

1910年に英国で発行された1ペニー銅貨を紹介します。 1910年は、エドワード7世の在位中(1901年ー1910年)最後の年に当たります。 エドワード7世はビクトリア女王の長男。 ビクトリア女王の治世が長かったせいで、即位したのは59歳の時だったとか。 若かりし頃の紅顔の...